私の職歴書①

私、四柱推命鑑定師/認定講師に至るまでの職歴を書いていきます。
高校を卒業後、結婚しようと血迷っていたので、大学には行っていません。
代わりに設計の専門学校へ。
半年間は設計事務所で働きましたが、設計をやりたかったのに、
入社した部署は「積算」という部署。
本当の本当に行きたかった会社は、スーパーなゼネコンだったのに
バブルがはじけ、就職難になり専門学校からはスーパーゼネコンには入れませんでした。
そして設計がやりたかったのに、積算という仕事に・・・
若かった私のやる気は0!!
当時、社交ダンスを習っていました。
こんなやりたくない仕事で終わってたまるか!と思ってしまった私は、華やかな世界で生きようと社交ダンスの世界へ。
そこは戦いの世界。一瞬の華やかさの為に戦う毎日。
パートナーの先生が嫌いで、周りに尊敬できる人も、仲の良い人もいません。
みんな敵!
上手になれば成績が上がる世界ではなく、審査員をする先生にレッスンに行き顔を売る。
とにかく媚びることの出来る人が上がれる世界。
残念なことに私のパートナーの先生は、社交ダンス界一の嫌われ者でした。
顔見た瞬間から点数を入れてくれない審査員も、何人かいました。
私は何も知らずパートナーとして組んだけど、嫌われている人と一緒にいたら同じように扱われます。
社交ダンスの世界には、楽しいことが何1つありませんでした。
しかも、社交ダンスはお金がかかります。
ドレスに50万、レッスン代に月6万円以上。
外人レッスンが入った日には10万以上のレッスン代。
それまで、お金がないなんて経験したことはありませんでした。
当時、会員制のレストランでバニーガールをしてレッスン代を作っていました。
お金が入っても、ドレス買わなきゃいけない。
私のランクでは、年に1度、留学します。
留学するために貯金しないといけない。
気苦労も絶えません。
みるみる痩せていき、最後は167㎝で40㎏でした。
人前に出たくない、でも私には何もない・・・
やめる選択が出来ず、ペラペラの身体で過ごしていました。
母の「そんな死ぬ思いまでしてやらなくていい。帰ってきなさい!」
その一言で、やめて良かったのだと気付きました。
ちょうど、社交ダンスも上手になってきたねと言われだし、成績も上がり、最後は日本のランキングが50位以内に入ったので、自分の中で納得し、潔くやめました。

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